東京地方裁判所 昭和54年(刑わ)1569号 判決 1980年8月19日
被告人 中上川仁
昭二六・三・七生 書籍販売業
主文
被告人を罰金六〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 別表記載のとおり、昭和五一年一〇月二七日から同五三年二月二〇日ころまでの間、前後一三三回にわたり、東京都渋谷区代官山七番八号有限会社NK企画他九か所において、同社代表取締役菊池正臣他九名に対し、陰部が露骨に写つていてわいせつな外国人児童のヌード写真が登載された「ヌーデイストモペツトNo.1」と題する写真誌他九種類の写真誌合計三万九、七七〇冊を代金合計三、五一〇万七、六〇〇円で販売し、もつてわいせつの図画を販売し、
第二 昭和五三年三月二三日東京都新宿区西新宿六丁目一六番一一号有限会社ラブブテイツク倉庫において、販売の目的で、陰部が露骨に写つていてわいせつな外国人男児のヌード写真が登載された「ボーイ」と題する写真誌二〇冊及び「ボーイズインターナシヨナル」と題する写真誌三〇冊を所持し、もつてわいせつの図画を所持し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(争点についての判断)
一、憲法違反の主張について。
弁護人らは、刑法一七五条は、憲法二一条、一三条、一九条及び三一条に違反し、違憲無効であるから本件は無罪であると主張する。
しかし、憲法二一条の保障する表現の自由といえども絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制約を免れないこと、したがつて、刑法一七五条が憲法二一条に違反するものでないことは、最高裁判所累次の判例(昭和三二年三月一三日大法廷判決、刑集一一巻三号九九七頁、同四四年一〇月一五日大法廷判決、刑集二三巻一〇号一二三九頁、同四八年四月一二日第一小法廷判決、刑集二七巻三号三五一頁等)の示すとおりであり、また憲法一三条の保障する私生活上の自由ないし幸福追求の権利も公共の福祉による制約を免れないものであることは、同条の明文の示すところである。
刑法一七五条所定のわいせつ図画等は、これらを見る者の好色的興味をそそることによつて、その正常な性的羞恥心を害し、よつて、社会の健全な道徳的秩序を退廃に陥し入れるおそれのあるものであるから、このようなわいせつ図画等から健全な性生活に関する秩序ないし風俗を守るため、その販売等の行為を禁止し、これを処罰することは国民生活全体の利益に合致するものであり、刑法一七五条は右のような公共の福祉の見地から設けられた合理的な制約にほかならないから憲法一三条に違反するものではない。
また、右のようなわいせつ図画等の販売等の行為を刑罰をもつて禁止することは、人の思想自体を処罰するものではないから、憲法一九条に違反するものでもない。
さらに、刑法一七五条は、右のような合理的な根拠に基づくものであるうえ、同条所定のわいせつ図画等の内容については、最高裁判所累次の判例に示されるとおり、「いたずらに性慾を興奮又は刺戟せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」をいうものと解されるところ、右にいうわいせつ性の基準はなお若干抽象的ないしは規範的な内容を持つことは否定し難いものではあるが、右程度の抽象性は法規の解釈に伴なう必然的な事態に過ぎず、通常の判断能力を有する一般人にとつて、具体的な場合についてわいせつかどうかを識別することが不可能ではないと認められるから、刑法一七五条は憲法三一条に違反しない。
二、公訴棄却の主張について。
本件において取り調べた証拠によれば、判示第一記載の各図画については、富士商会経営者清水信一に対するわいせつ図画販売被疑事件について発布された捜索差押許可状に基づき昭和五三年二月二一日富士商会店舗内を捜索した結果、発見されたことが捜査の端緒となつたこと、その際発見された図画の一部について、被告人に対する公訴の提起がないこと、判示第二記載の各図画について輸入業者に対する公訴の提起がないこと等の事実は認められるが、右事実をもつてしても、本件公訴提起が著しく不公平で、検察官が訴追裁量権を濫用してなされたものとは認められない。
三、本件各写真誌のわいせつ性について。
(一) 判示第一記載の各写真誌について。
右各写真誌のうち、リトルヌーデイストを除くその余は、いずれも海外で刊行された同題名の写真誌を、被告人がマリ企画印刷に依頼し、一部を修正して複製印刷させたものであり、また、リトルヌーデイストは黒川東海彦が海外から持ち込み、国内で一部を修正して複製印刷させ、これを被告人が購入したものであり、その内容は、その殆どが全裸で陰部を露出した一名ないし数名の外国人男女をかなりの至近距離から撮影した多数のモノクロームの写真及びカラー写真と若干の英文の説明文から成るものである。
そして、被写体のうち成人の男女及び未成年者のうち性的に相当成熟したと思われる者については、性器の部分を見えないように修正が施されているが、性的に未成熟と思われる男女児については、その殆どについて右のような修正が加えられておらず、女児については、足を開いた姿勢で陰部を比較的大きく写したものが多く含まれており、被写体の姿勢及びカメラアングル等に徴すると、これら被写体の陰部付近をことさら強調した写真も少くないものと認められる。
とくに、検察官指摘の部分についてみると、ヌーデイストモペツト(No.1)(前同押号の三〇)の二四、二五頁の写真は、いずれも性的には未熟な女児の写真であるが、いずれも足を開いた姿勢で陰部付近が大写しにされており、二五頁の写真は陰部付近に修正が施されてはいるものの、修正が不完全なため、いずれもその陰部はかなり鮮明にみえるものであり、ヌーデイストモペツト(No.2)(同押号の七)の四五頁の写真は、一〇代前半と思われる女児の足を開いた姿勢を撮影したもので、その陰部付近は修正が施されているが、不完全なため陰部の状況をほぼ見ることができ、同様の写真は四二頁にもある。ヌーデイストモペツト(No.3)(同押号の八)の三二、三三頁及び同(No.4)(同押号の六)の一六、一七頁にはいずれも性的には未成熟の女児のいずれも陰部が鮮明にみえる写真がある。また、モペツトアンドテイーンズ(フイリピン)(同押号の四)の二四、二五頁の各写真も性的に未成熟な女児の陰部が鮮明に写されたものであるほか、右写真誌の四五頁上段には性的にかなり成熟した女性の陰部が露出している無修正の写真がある。その余の各写真誌についても、検察官指摘の各部分には、性的に未成熟とはいえ女児の陰部が鮮明に写された写真がある。
右の検察官指摘の部分を中心に本件各写真誌のわいせつ性を検討すると、右写真誌は右に説明したように、その多くは性的に未成熟な女児についてのものであるとはいえ、その陰部が露骨かつ鮮明に撮影された写真を含んでいるところ、一般に人の陰部を直接に描写した写真は、被写体がことさらな性的姿態を示していないものであつても人の性慾を刺戟・興奮させる度合いが強いこと、及び人が陰部をあからさまにせず、たとえ幼児であつてもことさらに陰部を露出させないことは、現在においても我が国において確立されている基本的な道義観念であることにもかんがみると、本件写真誌のうち右摘示の部分については、その程度は低いが、人の性慾を刺戟、興奮させ、正常な性的羞恥心を害するものであり、刑法一七五条のわいせつ図画にあたるものというべきである。
弁護人所論の本件類似の写真誌が公然と売られている事実等は、本件写真誌のわいせつ性認定の妨げとはならない。
(二) 判示第二記載の写真誌について。
右各写真誌は、いずれも、株式会社居村貿易が昭和五三年三月ころ英国から輸入したものを被告人が購入し、所持するに至つたものであるが、その内容は、おおむね十代前半と推定される外国人男児の裸体を被写体とする多数のモノクローム及びカラー写真から成るものである。
そして、右写真中の陰部に相当する部分はすべて黒色マジツクインクで塗りつぶされているため、そのままの状態ではその陰部等を見ることはできないが、鑑定人吉田公一作成の鑑定書及び同証人の当公判廷における供述によれば、右各写真誌を塗りつぶすのに使用されたマジツクインクは耐水性の速乾性マーキングペンインキと思われるところ、右インクを消去し、塗りつぶした部分を復元することはラツカーシンナーや除光液等の市販の溶剤を使用することによつて特殊な技能を要求せず、比較的容易にできるというのであり、また差戻後の第二回公判調書中証人本田進(警察官)の供述記載及び同人作成の検証調書によれば、右各写真誌を塗りつぶしたマジツクインクを消去する方法としてAベンジンを使用したところ、右各写真誌のうち、それぞれ一部の写真(とくにカラー写真)については、ほぼ完全に消去され塗りつぶした部分が復元されたというのであり、右各証拠に徴すると、右塗りつぶした部分を消去し画像を復元することは、通常人においても比較的容易に行なうことができることが明らかである。
ところで、右のような方法により復元した右各写真誌をみると、各写真に撮影されている者の性器は性的に相当成熟したものが少なくなく、中には陰毛が生えているものもあるのであるから、前記の基準に照らして、右各写真誌がわいせつ図画に当たるものであり、右各写真誌については、その陰部をマジツクインクにより塗りつぶしたままの状態においても、その除去の容易性に照らしてわいせつ図画と認めるのが相当である。
なお、右各写真誌は、本件証拠によれば、株式会社居村貿易が輸入した際、税関から輸入禁制品に該当する旨の判断を受けたが、写真中の陰部の部分をマジツクインクで塗りつぶすことにより輸入の許可を受けたものであることが認められるところ、税関は、日々大量に輸入される図書等に関し、それがわいせつ物等として輸入禁制品にあたるか否かにつき一応の客観的基準をもつて判断をするいわば専門の国家機関であり、したがつて具体的なわいせつ性の判断の場において、右税関の下した判断は特段の事情がない限りこれを尊重すべきであることは弁護人の所論のとおりである。
しかし、本件証拠によれば、本件について税関のした判断は、要するに無修正のままではわいせつ性があるが、マジツクインクによる修正を施せばわいせつ性がないということに尽きるのであり、その復元の可否及び程度等を充分検討したうえで下されたものではないと認められるから、右の事実は、右写真誌のわいせつ性の判断を左右するものではない。
四、犯意を阻却するとの主張について。
弁護人の右主張の要旨は、判示第一記載の写真誌のうちモペツトについては、複製前の原本が税関の審査を経たものであり、判示第二記載の各写真誌については、輸入業者が税関の指示により写真の一部に修正を施したため輸入の許可があつたもので、被告人は右写真誌が通関したものであることを事前に知つており、その他の写真誌についてもその内容からとくにわいせつ性が問題とされるとは思わなかつたので本件各所為が法律上許されるものと信じていたものであり、また、そのように信ずるについて相当な理由があつたから、いずれも犯意を阻却し無罪であるというものと解される。
そこで検討すると、被告人が判示第一記載のモペツトの複製前の原本をどこから入手したかについては証拠上明らかでないが、被告人は、右の原本をマリ企画印刷に持ち込み小川信好と共にかなり多数の写真についてわいせつ性が問題となりそうな部分についてボカシを入れるなどして修正を施したうえ複製印刷させたことが証拠上明らかであり、その複製の経緯に関する証人小川信好の供述内容に徴しても右モペツトの原本が通関済みのものであること、及び被告人が当時右事実を信じていたことを窺わせるものはない。被告人は、捜査及び公判において右弁護人の主張に沿う供述をしており、その裏付けとして通関証明書を提出しているが、右証明書は記載内容に徴して被告人の供述を裏付けるに足りるものではなく、被告人の供述も右小川証言等に照らしてにわかに措信できない。
そして、被告人は、昭和五一年以来有限会社ラブ・ブテイツクという名称でいわゆるポルノ雑誌等の卸売りを業としていたもので、その経験等に徴し、わいせつ性判断の基準や取締りの実情等についても、通常人よりは深い知識を有していたことが窺われるうえ、被告人は、捜査官に対する供述調書において、右モペツトの複製印刷を依頼する際、写真の修正の程度に関し、販売が許される限界内のものか否かについて多少の危惧感を持つていたと供述していることにかんがみると、被告人は、判示第一記載の各写真誌については、当時未必的であるにせよ、その販売が法律上許されないことを知つていたと認めるのが相当である。
次に、判示第二記載の各写真誌については、前記のとおり、株式会社居村貿易がこれを輸入した際、税関から輸入禁制品に該当する旨の通知を受け、係官と折衝のうえ、わいせつ性の問題となる箇所をマジツクインクで塗りつぶすことで輸入の許可を受けたものと認められる。したがつて、右写真誌を居村貿易から購入した被告人としては、これをそのまま販売することは法律上許されたものと信じていたと認められないわけではない。
しかし、被告人としても右マジツクインクによる修正が通関の条件であつたことは当然知つていたものと認められるところ、右マジツクインクは、前記のとおり、シンナー等を浸みこませた脱脂綿を使用する等の方法により一般人においても容易にこれを除去することができ、画像をかなり鮮明に復元することができるものであることが明らかであり、被告人は差戻前の公判廷及び捜査官に対する供述調書において、本件当時、右マジツクインクがシンナー等の薬品で拭くことにより除去され、その結果陰部の画像が露出してくることを知つていた旨供述しているのであるから、被告人としては、右写真誌をそのままの状態で販売しても、これを購入した客において右の方法によりマジツクインクを除去し、わいせつ性を復元することがあることを予想できたものであり、したがつて、被告人が右写真誌を販売の目的で所持するにつき、違法性の意識を欠いていたと仮定しても、右の意識を欠いたことに相当な理由があつたとはいえないのである。
以上の次第であるから、右弁護人の主張はいずれも採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は、包括して刑法一七五条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の所為は刑法一七五条後段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金六〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用してその全部を被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 小泉祐康)